最高裁判所第二小法廷 昭和53年(オ)443号 判決 1978年9月29日
上告人(被告)
名川運送株式会社
被上告人(原告)
丸亀節子
ほか二名
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人八島三郎、同島田正純、同島田叔昌の上告理由について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判官 栗本一夫 大塚喜一郎 吉田豊)
上告理由
上告代理人八島三郎、同島田正純、同島田叔昌の上告理由
第一点 原判決には判決に影響を及ぼすこと明かなる法令違反があり、破棄されねばならない。
一 原判決は、当事者間に争いのない事実と異なる事実を、証拠によらないで認定した違法がある。
(一) 原判決は、その理由三において「右松原は本件事故当日の午後七時二〇分ころ、空車で前輪が完全摩耗に近い状態にある被告車を運転し、」(理由2枚目表七行目以下)たと認定したうえ、「本件事故は、右松原において、当時路面が濡れていたのに拘らず前輪が完全摩耗に近い状態にある被告車を運転しながらも、あらかじめ速度を調節せずに……」(理由4枚目表八行目以下)と判示し、過失があるとした。
(1) しかし、原判決が証拠として掲示するうち、強いて、右事実に関係があるものと言えば、甲第二〇号証の一、二、乙第八号証の一ないし四と思われるが、これらの証拠によつては、「被告車の前輪が完全摩耗に近い状態」にあつたと認め得る余地はない。即ち、
(イ) 甲第二〇号証の一には、なるほど(4)鑑定事項(チ)の項に、「証拠写真から判断すると、前輪タイヤはほぼ完全摩耗に近かつたと考えられる」とか、又、まとめ2車輪の項に「自動車のタイヤは前輪に関するかぎりいちじるしく摩耗しており」などとあつて、宛かも原判決認定の根拠となつた同一の用語がある。豈図らんや、右甲第二〇号証の一は、その表題によつて明らかなとおり「被疑者中畑恵一に対する業務上過失致死傷被疑事件に関する鑑定書」であつて、原判示松原の「被告車」とは全く関係のないものである。
(ロ) 乙第八号証の一ないし四(写真)は、「被告車」と所謂「被害車」との接触状態を明らかにしたものに過ぎない。乙第八号証の一、二が「被告車」の写真であつて、一見すると、その前輪が摩耗しているが如く見える。しかし、凝視すればこれは写真現像の際に光線が入つたことによる結果であることは容易に判断ができ、「被告車」の前輪を正しく描写したものではない。従つて、この写真は原判決が引用する甲第二〇号証の一の前記「証拠写真」とは全く別異のもので、これをもつて「被告車の前輪が完全摩耗に近い状態」にあつたとする資料となり得ない。
(2) よつて、他に「被告車の前輪が完全摩耗に近い状態」にあつたことを証する証拠は、本件記録を通じて絶無であるから、原判決は証拠によらないで事実を認定した違法がある。
(二) ところで、
(1) 上告人は第一審において、昭和四七年四月六日付準備書面一により、又、原審においては昭和五二年八月二五日付準備書面三において、いずれも、被告車に構造上の欠陥、機能の障害等は一切なかつたことを主張している。これに対し、被上告人は勿論、相被上告人日本道路公団も何らこれを争つていない。従つて、被告車に車輪も含めて構造上の欠陥、機能の障害がなかつた事実は、当事者間に何ら争いなかつたところである。
(2) そもそも、被告車は昭和四一年三月一二日に上告人会社に納入され、同年四月七日から運行を開始した(成立に争いない丙第五号証――名川勇の警察官供述調書)日野四一年式の新しい大型貨物自動車であつて、本件事故日の同年一一月二五日まで僅か約七か月余りの使用に過ぎず、走行距離も二万キロ位(第一審証人松原政好の証言)であつて、経験則上からも総ての車輪が完全な機能を有したことは明らかである。それ故に、訴外松原政好に対する業務上過失致死被告事件においても、被告車の車輪については、検察官も裁判官も問題にされず(成立に争いない甲第八号証、乙第一八号証)、又、実況見分調書においても「制動機、前照灯その他の装置に異状の点はなかつた」(成立に争いない甲第七号証)としている。
(3) 従つて、当然のことながら関係当事者間において、被告車に欠陥のない事実は争いがなかつたのである。しかるに、原判決は弁論主義に反し、当事者間に争いない事実と異なる事実を、漫然、証拠に基づかず認定した違法がある。
二 原判決は、事実摘示において、被上告人の原審昭和五一年四月一九日付準備書面の請求の趣旨欄、被上告人丸亀節子分につき金二、五一八万七、五〇九円とあるを単に誤記とし、それ以上の金二、七四八万七、五〇七円の請求があつたものとし、同じく被上告人秋山久美子、同丸亀紘子分についても、同準備書面の請求の趣旨欄に金五六七万一、八七六円とあるを、単に誤記として金六二四万六、八七六円の請求があつたものと判示した。
即ち、前者につき金二二九万九、九九八円、後者につき金五七万五、〇〇〇円の各増加請求金額を単に誤記と判示したるも、右準備書面を仔細に検討するも右誤記の理由を容易に発見することができない。従つて、単に誤記としたことは民事訴訟法一九一条第二項に違背する。
又、同準備書面四によると、一審勝訴額金九一六万六、七五三円の一割の弁護士報酬契約があつたとしながらも、金九〇万円の報酬支払債務が発生したこととし、右金額を請求する旨明記しており、減額して請求したことは明白である。然るに、原判決が前記のとおり単に誤記として増額して判示したことは、当事者の申立てざる事項につき判決したる違法がある。
三 而して、「被告車」の前輪が完全摩耗に近い状態にあつたか否かは、甲第二〇号証の一(8枚目(チ))に「時速八〇キロの場合に、摩耗タイヤは新らしいタイヤとくらべて六〇%ないし七〇%程度に摩擦抵抗が低下するのでスリツプ状態を生みだす原因の一つとなる」旨記載されていることによつても明らかなように、その影響するところ極めて大きく、原判決の証拠によらない原判示右事実の認定及び請求の趣旨という訴訟上の重要部分に関する右違法は、いずれも判決に影響を及ぼすことは明白であるから、原判決はこの点において破毀を免れない。
なお、附言すれば本件の争点は、スリツプした原因が被告車にあるのか又は路面の欠陥によるのかにあり、その原因を究明するうえで、被告車の車輪の状態如何がその結論を左右する程重大な影響を有する事実であることは言うまでもない。
現に、原判決は「右松原においても、当時路面が濡れていたのに拘らず、前輪が完全摩耗に近い状態にある被告車を運転」したことを過失の一事実と認定したうえで、路面に一定のすべり摩擦係数があれば急制動などによつてスリツプした場合、横向きになるなど向きを変えることがあつても、自動車そのものは蛇行せず、直線走行により通常何らの異常も起らず蛇行などの異常が生じるのは車輪の摩耗に近い状態で運転するなどの場合であるとすると共に、保土ケ谷陸橋上の路面の摩擦係数が異常に低く、そのため特にスリツプし易い状態にあつたものとはいえないとし、結局、スリツプしたのは訴外松原の一方的な過失によるものであると判示している。
このことは、原判決がスリツプ開始の原因の究明に当り、被告車の前輪が完全摩耗に近い状態にあつた事実に、極めて大きな比重をおいてこれを検討したことを示すものであつて、このことが各原因の究明に相関的に影響することは到底否定し難いところであるから、右事実誤認がこの点においても、原判決の結果に重大な影響を及ぼしたことは、これまた明らかといわねばならない。
第二点 原判決には審理不尽の違法がある。
一 上告人は第一審以来、原判示「被告車」には何ら欠陥のなかつたことを主張し、関係当事者もこの点については明らかに争つていないことも明白である。加えて、本件一件記録中においても、はた又訴外松原政好の刑事々件の関係者も含めて、関係当事者全員が「被告車」の車輪等の欠陥について、全く言及していない。原判決の引用する乙第八号証の一ないし四(写真)、就中、乙第八号証の一、二の「被告車」の前車輪の写真が極めて不鮮明であることは明白である。斯る状況下において、原審が乙第八号証の一ないし四を引用して前車輪に欠陥があることを認定する際には、当事者に釈明を求める義務がある。けだし、上告人が右乙第八号証の一ないし四を提出した所以のものは、「被告車」と所謂「被害車」との間の接触状態を明らかにしたもので、上告人が「被告車」の欠陥を自ら暴露するが如きはあり得べからざることであるからである。若し、原審がこの点につき釈明すれば、原審も判断に誤りあることが直ちに判明し、これを引用し、「前輪が完全摩耗に近い状態にある被告車を運転し」などと判示する余地のなかつたこと明らかである。右釈明をせず、関係当事者全員が唖然とした事実を認定してしまつたものである。
二 原判決はその摘示事実において、被上告人らの請求の趣旨につき、五か所に被上告人らの昭和五一年四月一九日付準備書面記載の金額を表示して、単に「誤記と認める」として請求金額を変更して判示している(4枚目裏一行目以下)。
然れども、被上告人らは原審提出の昭和五一年四月一九日付準備書面において「請求の趣旨の訂正」と表示して、原判示変更前の金額の請求をなし、同準備書面第五項においても右請求の趣旨記載の金額と一致している。原判決が右請求金額を誤記とし、原判決の判示する金額との間には相当の差額があり、又、同準備書面を一読しただけでは、容易にその誤謬を発見し得ない。
民事訴訟における最も重要なる請求の趣旨につき、請求の拡張か又は請求の減縮か全く不明なる状態において、当事者の請求金額と異なる金額を単に誤記とし、その主張として事実摘示することは違法なること明らかで、原審は須く釈明してこれを明らかにすべき義務がある。
よつて、原判決はこの点において破毀を免れない。
第三点 原判決は、次の諸点において経験則に違背し、理由不備又は審理不尽の違法がある。
一 原判決は、訴外松原政好の過失に認定するに当り、「本件事故のころ」その現場付近における路面の摩擦係数が〇・四七(走行速度六〇キロメートルの場合)であつた旨を判示している。
(一) しかし、原判決が採用した摩擦係数〇・四七を算出する基礎になつた湿潤時のすべり抵抗値は、原判決理由五(一)(4)に記述されているとおり、本件事故日である昭和四一年一一月二五日より約二ケ月半も前の昭和四一年九月一三日に測定されたものである。しかし、原判決理由五(二)(1)で述べている如く、本件保土ケ谷陸橋を通過する車両は、昭和四一年中において約一三〇七万台に達しており、これを単純に右期間で割つても、その間に約二七二万台の車両が通過したこととなる。加えて、「その重量物がスリツプ止めのじやりをはね飛ばしてしまう状態」(乙第一四号証)であつたから、「路面の老化及びすりへり」(丙第六号証五五頁)のあつたことは、経験則上明らかである。
(二) そして、東京都が都内交差点にあるすべり止め舗装の耐久性をテストした結果(甲第二三号証)によれば、本件陸橋の舗装と同様のアスフアルトコンクリート舗装の場合、二ケ月間に多少の例外はあるが、〇・〇四ないし〇・〇九減少していることが認められ、このことと本件で問題の測定地点の舗装時期と測定時期との間隔が六ケ月ないし一ケ月半であること、及び前記(一)で指摘の車両の通行状況等を併せ勘案すると、保土ケ谷陸橋の路面上のすべり摩擦係数が本件事故当時、〇・四七より減少することは否定できない事実である。
この点につき、証人市原薫は「舗装はすべり摩擦抵抗値が落ちた状態でいいように実施されている」旨供述し、相被上告人公団はこれを根拠に右減少等の事実を否定する。
しかしながら、甲第一九号証によれば、保土ケ谷陸橋は昭和三四年九月建設されたものであるところ、約七年を経過した(1)昭和四一年三月七日同陸橋につき全面舗装が本格的に開始され、同年八月三日これを完了していること、及び(2)同年一二月一九日より同年同月二八日までの間に、(1)の工事で同橋々面全体につき行なわれた右舗装面を、更に全面的に再補修していることが認められる。補修工事を本格的に実施後、僅か四ケ月余にして交通事故による欄干の破損等の局部的補修は別として、その全体につき再び補修工事を実施することは、極めて異例のことである。もし、原判決が認定するとおり、右(2)の再補修工事より僅か約三週間余先き立つに過ぎない、昭和四一年一一月二五日頃、保土ケ谷陸橋上の路面がすべり摩擦係数平均値〇・四七を有し、高速道路及び一般国道を含めた他の一般道路に比して遜色のない路面であるとすれば、右時期に右再補修工事を実施する必要性の存在は社会通念上到底肯認できない。甲第一九号証は、この点を昭和四一年三月及び七月の全面的補修にかかわらず、事故が多発するので、良き安全な道路面を保つために再補修したとしており、又甲第二〇号証の一は、右(2)の工事は舗装面が従前のものに比べ、特に雨天時にすべり易く、事故の多発を招いたための対策としている。これら右(2)の工事を実施にふみきらせた必要性等を勘案すると、昭和四一年一二月当時、保土ケ谷陸橋上の路面は全面的に異例ともいうべき再補修を必要とする程度に悪化していたことが認められる。市原証人の右供述を斟酌しても、本件事故の発生した昭和四一年一一月二五日――この日時は右(2)の再補修工事の実施着手時期とは約三週間隔てているに過ぎないものであるが、工事計画の立案は経験則上工事着手の日よりかなり前になされること等を考えると、当該工事を実施する必要性の存在の有無確定の点では、区別して考察を要する程のものではない――当時、その事故現場付近のすべり摩擦係数が、原判決のいう一般道路中、最上位クラスに当る〇・四七あつたと認めることは、健全な常識に反するといわねばならない。
(三) 事実認定は、証拠調の結果のすべてを検討したうえなされるべきものであつて、右事実の認定に当つては、前記再補修工事の実施等、すべり摩擦係数の存続の問題につき、重要な関連性をもつ証拠はすべて検討の要のあることはいうまでもない。そして、もしこれらの証拠があつても、原判示の認定をなし得るというのであれば、判決で右に指摘した本件陸橋が右(2)の再補修工事の実施を要する程に、路面機能の低下を来していた点等を含めてその理由を示すべきものである。しかし原判決はその理由を示していない。
右の次第で原判決の本件事故当時、その現場付近のすべり摩擦係数の平均値が〇・四七であつたとする事実認定は事実の誤認であり、この誤認は採証法則特に経験則に反する証拠の取捨によつて生じたものである。そして又、右(2)の再補修工事の実施を要する程、路面機能の低下等前記指摘の事実に鑑みると、原審には審理不尽の違法も併せて存するといわねばならない。
そして、右事実の誤認は、本件事故当時における保土ケ谷陸橋上の路面の安全性の認定に重大な影響を来し、このことが判決に影響することは多言を要しない。従つて、原判決はこの点において破棄を免れない。
二 原判決は、「本件事故現場付近」における路面の摩擦係数が〇・四七(走行速度六〇キロメートルの場合)であつたとし、あたかも被告車がスリツプを開始した地点も摩擦係数が〇・四七であつたかの如く速断している。しかし、右判断には次の如き誤りがある。
(一) 本件の重要なる争点は、被告車がスリツプを開始した原因であるから、原判決の如く路面の摩擦係数のみを重視するならば、被告車がスリツプを開始した地点における摩擦係数の如何を判示すべきであることは言うまでもない。上告人はこの点を当然のこととして、昭和五一年五月二五日付準備書面六において、本件事故が四一ポイントと四二ポイントとの中間附近で被告車がスリツプを開始したことを主張し、かつ、昭和五二年八月二五日付準備書面七(一)において、その地点に最も近い測定点である四〇ポイント及び三五ポイントは、最も低い部分であることを指摘していたのである(甲第一八号証参照)。
しかるに、上告人の右主張を無視し、原判決は極めて抽象的でかつ、スリツプ開始地点を明示せず、単に「現場附近」なる用語で敢えて判示を回避し、かつ、漫然、右平均値を使用して、訴外松原政好の過失を判示した違法がある。
(二) 先述の如く、被告車がスリツプを開始した地点が証拠上明らかになつており、そのスリツプを開始した原因として、その地点の路面の摩擦係数の如何が大きな争点の一つであるところ、所謂、現場付近は路面のすべり抵抗値にばらつきが激しい(甲第一八号証)ことの明らかな箇所である。
しかるに、本件全証拠によつても、被告車がスリツプを開始した地点について、測定された摩擦係数は絶えて無い。従つて、摩擦係数の大小を大前提として、訴外松原の過失を認定することは出来ないのである。
(三) 加えて、原判決も理由五(二)(2)で掲記する如く、路面の摩擦係数は、路面の構造、状態、その上を走行する自動車の状態、これを運転する運転手の動作及び気象条件など諸種の要因によつて複雑に左右され、定量的に把握することが困難なのであり、又、原審証人市原薫の証言によれば、本件事故当時は、「すべりなんていうことにだれも言わなかつたし、考えなかつたし、舗装する人もそんなのはおかまいなく舗装していた」のであり、原判決が推奨値としたものは、「道路を造る立場に立つて言つているわけであつて、正直申しましてこの数値が裁判で使われるとは思つてもいなかつた」(原審証人市原薫の証言)のである。
即ち、「走る車がどれだけの摩擦係数が必要かということになると、これは少し話が違う」(前同人証言)のであつて、いまだ走行車両に対する路面の必要な摩擦係数値については、科学的に確定されてはいない状況である。
(四) 相被上告人の主張を採用した原判決は、本件事故当時、その現場附近は摩擦係数があり、欠陥道路でない旨判示するも、要は該道路が現実に完全なものであつたかどうか、事故の多発していることと、交通事故の原因分析につき権威ある神奈川県警察本部が原判決採用の摩擦係数がある旨の相被上告人の回答にもかかわらず、現実には事故が続発し、本件事故後、相被上告人に対し異例の文書をもつてすべり止めを要望(成立に争いない乙第五号証)した事実によつても、摩擦係数のみで路面の適否を判断することは早計である。
(五) 原判決がこれらの点を無視し、敢えて本件事故現場付近の平均値である摩擦係数を論拠とし、現に事故が多発している現実を無視してなしたことは、経験則に違背している。
三 原判決は、叙上の如く単に摩擦係数〇・四七を引用しているが、上告人が昭和五二年八月二五日付準備書面記載二の(三)(2)において指摘したとおり、経験則に違背する違法がある。
(一) 原判示摩擦係数を算出する根拠になつた各測定地点は、甲第七号証、甲第一八号証の各添附図面を対比すれば、いずれも、通常タイヤが踏みつける部分でないことは、一般車両の両車輪の間隔に照し極めて明白である。
而して、「交通作用による路面研摩効果は、路面の横断方向に不均一であるのは当然であつて、通常タイヤが踏みつける部分とそうでない部分とでは、すべり抵抗は一……二にもなるといわれる」(丙第六号証五六頁)のである。
従つて、交通作用による路面のすべりにつき、原判示の如く、すべり摩擦係数を根拠とするためには、通常タイヤが常に踏みつける部分のすべり抵抗値によるべきであるにかかわらず、漫然、タイヤの踏みつけない部分の平均抵抗値をもつてしたことは、明らかに経験則の違背がある。
(二) 後述の如く、摩擦係数を算出するには温度差による修正を要するのに、原判決はその修正をせずに摩擦係数の平均値を使用した誤りがある。
第四点 原判決には理由不備の違法があり、破毀を免れない。
原判決はその理由において、
一 「前示甲第一号証」(理由2枚目裏一〇行目以下)と判示したるも、甲第一号証は、その前に引用した形跡がない。
二 「もつとも、前示甲第一号証、第七号証、第九号証、第一一号証の一、二、第一二号証、乙第一六号、第一七号証の各記載及び原審証人松原政好、入江善二の各供述中には右認定と異なり、松原の運転した被告車の時速は約五五ないし六〇キロメートルであつて、松原は前車との車間距離をとるため軽くブレーキを踏んだところスリツプして運転の自由を失つたという部分が存するが、信用できない」と判示し、その排斥する証拠として甲第二〇号証の一、二の記載及び原審証人市原薫の供述を引用し、乙第一八号証(無罪判決)の記載中、右認定に反する部分は、当裁判所と判断を異にするので採用できず、他に右証言を履すに足りる証拠はないとした。
然れども、原判示乙第一六号証、第一七号証と同様なる成立に争いない乙第一号証、第五号証、第九号証、第一〇号証、第一四号証、丙第一三号証の一等の原判決の右認定を履すに足る証拠が存在するにかかわらず、これらに対する何らの理由が附されていない。
(一) ところで、原判決も理由五(二)(2)で認めているように、本件事故現場である保土ケ谷陸橋上の事故率、ことに雨天の事故率が高く「魔の陸橋」(乙第一、三号証、丙第一三号証の二)と称されていたのである。
(二) そこで、神奈川県警察本部では事故の原因が路面にあるとみて、本件事故より約三ケ月前である昭和四一年九月六日、電話で相被上告人日本道路公団(以下相被上告人という)に対し、路面のすべり止めと中央分離帯の設置を要望したのである。
(三) このため相被上告人は、日本舗道株式会社に依頼して昭和四一年九月一三日に、すべり抵抗値の測定をしたのである(甲第一七号証宮田丈夫の証言、甲第一八号証、丙第一三号証の一)。その結果、このバイパスはコンクリート舗装だが、陸橋部分だけはアスフアルトになつており、一応スリツプ止めをしてあるが、コンクリート舗装からアスフアルト(延長三〇〇メートル)にはいると、ハンドルさばきにかなり違いがあること、センターラインはあるが分離帯がなく、反対から来た車との衝突、接触の危険が多いこと、陸橋中央部がやや低くハンドルをとられやすいなどのことが判明した(丙第一三号証の一、本件事故より一〇日前の昭和四一年一一月一五日付読売新聞夕刊)のである。
(四) その後、同年一〇月二八日朝、スポーツカーが小雨にぬれた路面にスリツプし、反対から来たマイクロバスと正面衝突し、七人が重軽傷を負つた事故が発生し(丙第一三号証の一)たので、翌一〇月二九日、神奈川県警察本部は再び電話で相被上告人に対し路面のすべり止めを要望したが、相被上告人はすべり止めのテストの結果、改修する必要なしと回答したのである(乙第一号証)。
(五) しかし約二週間後の一一月一三日、乗用車が欄干と激突して一人が死亡する事故が発生している(乙第一号証)。
(六) そして、右事故に続いて一一月二五日、本件事故が発生したのである。
しかも、保土ケ谷署員が本件の実況見分中、四〇キロのスピードで走つてきた車を止めたところ、スリツプして欄干に衝突するというダブル事故になり、神奈川警察本部は「路面がすべる」という見解をますます強めたのである(乙第一号証)。
(七) そこで、本件事故から僅か一一日後である同年一二月六日、神奈川県警察本部長倉井潔は、相被上告人東京支社長斉藤義治に対し「横浜新道保土ケ谷陸橋上の路面改良方について(要望)」と題する文書をもつて、「去る六月二二日県下の各道路管理事務所長の出席の下に、公団管理にかかわる道路の交通事故多発箇所の事故防止策を検討したが、横浜新道の交通事故が最近特に急増し、昭和四一年一一月二八日までの神奈川県下の交通事故の〇・八%を占め、このうち特に保土ケ谷陸橋上での事故が最も多く、一一月二六日現在件数二二件、死者八名、傷者三五名を数え、同路線全事故の一一%を占め、この他不申告事故も含めると相当の件数に達するものと思われる。
保土ケ谷陸橋上の交通事故を多角的に分析検討を加えた結果、この事故原因は、雨天によるスリツプ事故と、中央分離帯がないためスリツプ等によつて生ずる中心線突破の正面衝突事故が最も多く見られている。ついては同陸橋上の事故を防止するため、スベリ止め舗装と中央分離帯(チヤツターベーでないもの)の設置を早急に実施していただきたく要望する。なお同道路の夜間事故の減少を図るため、道路照明の設置を併せてお願いするとともに、本件に関する相被上告人の回答を求める」旨、異例の要望をしたのである(乙第五号証)。
(八) 又、本件事故現場は、訴外松原政好の本件に関する業務上過失致死被告事件で検察官より鑑定を求められた高橋親徳の証言(乙第一四号証)によると、「あそこの橋は戸塚よりの所でへつこんでいるのです。普通、橋はまつすぐか太鼓になつているのですが、あの橋は横の方からトンネルを出て来て切り通しを出ると、下がつて真中で上がつています。そのうえ、橋の上はアスフアルト舗装でその前後が全部コンクリートです。でしよつちゆう道路公団ではスリツプ止めのためにアスフアルトに砕石を入れてはいますが、なにせいつも重量物が通るので、そのじやりをはね飛ばしてしまい、すぐアスフアルトが表面に出ます。それで特に雨が降つている場合には、コンクリートの上からアスフアルトの上に来ると、路面とタイヤの摩擦係数が急に変化しますから、スリツプしやすくなるわけです。つまり、ハンドルを取られやすくなるわけです。そこにもつてきて、戸塚の方から来ると上がりますから、多少バウンドすると従つて余計に軸重が軽くなつてスリツプしやすいという特長があります。そこであそこは事故が多いのではないかと私は思います」と述べ、又「それはあまりそこの橋で事故が重なるということを横浜地検から聞いていますから、それで私現場に何回も見に行つています。それに、この事故(本件のこと)について依頼を受けた時なんかは、砕石が取れてしまつてほとんどアスフアルトだけの状態でした」、「それはこの事故後、どのくらいたつてからですか」、「ちよつと記憶にありません」と証言している。
(九) 更に証人野村良平(乙第九号証)の供述によると、一〇年以上運転手をしているが、これまで処罰を受けたことがないのに、昭和四一年八月一八日午後八時一〇頃、マツダトラツク二トン車を運転し、保土ケ谷陸橋上を時速四〇キロ位で走行中、ハンドルを持つてて普通に走つていた状態で、そのままの状態でハンドルをいじらないのに右にもつていかれ、一回転して戻つて対向車に接触し処罰された。この時は、この場所でスリツプしたのだが三回目位で、ここが滑り易いということは知つていたので充分注意して速度も落としていたのに滑つてしまつた。その後、小林敏巳(乙一〇号証)に自分が滑つていたのでうるさく注意して、時速二〇キロ位で走行させたのに蛇行してしまつたことがある。いずれも雨の日で、道路が濡れていたときである。こんなに極端に道路が滑ることはわからなかつた。道路に欠陥があると思う。場所が悪かつた場合には、別に速度に関係ないと思う旨、証言している。
(一〇) 証人小林敏巳(乙第一〇号証)の供述によると、昭和四一年中に保土ケ谷陸橋のうえで二回、いずれも雨の日にスリツプしたことがある。二回目のときは野村良平と同乗しているときで、野村さんに注意されて、マツダのロンパー二トン車を空車で運転していたが、時速四〇キロから三〇キロ位にスピードを落して走るためブレーキを踏んだら滑つた。しかし、すぐハンドルを直したので事故にはなつていない。滑る、滑るということは皆に聞いていた旨、証言している。
三 原判決は理由五(二)(1)の後段で「なお、本件事故現場が右陸橋上であるところから、横風の点を考慮すべきであるとしても、当審証人市原薫の供述により、右陸橋が通常横風の強い影響を受け、横すべりの危険があるということもできない」としている。
しかし、乙第一四号証(高橋親徳の証言調書)によると、「横浜バイパスの本件事故現場の道路状況は、どういう点がどういう具合に運転に悪影響を与えていますか」との質問に対し、高橋証人は「これは私の友人から聞いた話ですが、パブリカとかスバルとかいう小型の車が、あの橋の上に差し掛ると、風の強い時はものすごくハンドルを取られる傾向が強いです。それは、あの橋は前後が切り通しでがけになつているので、切り通しを出た瞬間、気流の流れが急激に変わるのでしよう。それに東名高速道路のように幅が広い道路だつたらよいと思いますが、幅が半分しかない道路ですから、これは横浜測候所に私聞いたのですが、雷雨の時とかは乱気流が発生するということです」とあり、この影響は保土ケ谷陸橋全部についてある旨を供述している。
右乙第一四号証の供述は、原判決の「右陸橋が通常横風の強い影響を受け、横すべりの危険があるということもできない」旨の認定結果とは明白に両立しない証拠であり、又、原審証人市原薫の供述とも矛盾する内容であるのに、原判決は乙第一四号証については何らその採否を明らかにしていないから、理由に不備がある。
四 原判決は訴外松原政好の過失を認定し、又、相被上告人の責任を否定する理由を要約すれば、本件事故現場である保土ケ谷陸橋上における摩擦係数が、昭和四一年九月一三日現在で平均値が〇・五七最低でも〇・五〇であり、これを走行速度六〇キロメートル毎時に換算した摩擦係数の平均値が〇・四七であり、これは推奨値に勝るとも劣らず、又他の一般道路に比して遜色なく、路面の摩擦係数が異常に低く、そのため特にスリツプし易い状態にあつたものとはいえない。事故が多発している事実は認めるとしても、その原因は運転上の過失にあり、本件においても、訴外松原の運転上の過失のみが事故の原因であると断じている。しかし、この理由中には齟齬があり、破棄されねばならない。
(一) 右理由によれば、本件事故現場は走行速度六〇キロメートル毎時に換算した摩擦係数の平均値が〇・四七あり、特にスリツプし易い状態にあるとはいえず、スリツプしたとすれば、それは運転上の過失によるものであるとして、路面に一定の摩擦係数があれば、スリツプの要因として無視し得るが如くである。
(二) しかるに他方においては、路面の摩擦係数は路面の構造状態、その上を走行する自動車の状態、これを運転する運転手の動作、及び気象条件など諸種の要因によつて複雑に左右され、定量的に把握することが困難であるとしている(理由五(二)(2))。
(三) 即ち、右両者の理由は矛盾しており、理由に齟齬がある。
五 原判決は、理由三で「けだし、走行速度八〇キロメートル毎時以上の速度で摩擦係数(以下、いずれも湿潤時の摩擦係数を指す)〇・一以下の路面を走行する場合には、ハンドロブレーニングないしこれに近い現象を引起すが」とし、その証拠として甲第二〇号証の一、二を引用している。
しかし、同号証(ハ)鑑定事項(ハ)についての項によると、「いわゆるハイドロプレーニング現象(普通すべり摩擦係数fが〇・一以下になつた状態をいう)」とある。即ち、判決理由の如く、〇・一以下の路面を走行する場合に、ハイドロプレーニング現象を引起すのではなく、〇・一以下になつた状態をハイドロプレーニング現象というのである。従つて、右理由は誤りであり、右理由と引用証拠間には齟齬がある。
第五点 原判決は、その理由五(二)(2)において「(この場合における温度差はさしたる影響を及ぼさない)」として、原審証人市原薫の証言を採用している。
しかし、原判決は右証言と矛盾し、認定結果と明白に両立しない証拠があるのに、その証拠の採否を明らかにしていないから理由に不備があるし、又、市原薫の証言を全面的に採用したことは採証法則にも違背している違法がある。
(一) 上告人が昭和五二年八月二五日付準備書面二(三)(1)及び七(一)(2)で指摘したように、「湿潤路面では、ほぼ乾燥の場合と同様であり、温度の低いところでは路面温度一度C増大するごとに摩擦係数は約〇・〇一減少する。この傾向は温度の上昇とともに小さくなり、五〇度C付近では温度変化の影響はほとんど〇となる」(丙第六号証三五頁)のであり、同時に、すべり摩擦係数と路面温度との相関図を明記している。この相関図によれば、例えば時速六〇キロメートルの場合、路面温度摂氏〇度(以下総て摂氏の温度である)のときには、すべり摩擦係数が〇・七あるのに、路面温度が二五度位に上昇すると摩擦係数が〇・五に低下し、更に、路面温度が四〇度位になると摩擦係数は〇・四五に低下し、それ以上路面温度が上昇しても、ほとんど摩擦係数に変化がなくなつている。
又、相被上告人の職員である宮田丈夫(甲第一七号証)及び同畔見初夫(申第五号証)の両名は、いずれも検察官の質問に対して、温度の高低によつてすべり抵抗値に変化があるので、温度による修正が必要である旨を供述している。そして、甲第一六号証には右温度差を修正するための特別の公式があることも明記されている。
(二) ところで、原判決が使用した摩擦係数の基礎になつた測定値は、路面温度が二六度から二七度位で行なわれているのである(甲第一七号証)。そして、この温度で測定した結果、例えば測定点ナンバー三では五〇であり(甲第一八号証)、これを時速六〇キロメートルのときのすべり摩擦係数に換算すると〇・四になるというのである(甲第二〇号証の一イ表―2)。
(三) しかして、前記丙第六号証三五頁の相関図の時速六〇キロメートルの線を路面温度が二六度のときに、すべり摩擦係数が〇・四になるまで平行に下方へ移動させると、路面温度が三五度のときには、すべり摩擦係数が〇・四以下になることは明白である。
(四) しかるに、原判決は保土ケ谷陸橋上の摩擦係数の平均値が〇・四七であるとして、温度差はさしたる影響がなく、本件保土ケ谷陸橋上の右摩擦係数を、わが国における前示一般道路の推奨値〇・四以上に比較してみると、これに勝るとも劣るものではなく、そのため特にスリツプし易い状態にあつたとはいえないとしている。
ところが、右推奨値は路面温度三五度を条件として定められている(丙第六号証三七頁)のであり、路面温度三五度のときに摩擦係数が〇・四以上なければならないというのである。しかしながら、原判決が使用した摩擦係数は、路面温度二六、七度のときのものであるから、先述のとおりこれを路面温度三五度に温度修正すれば、当然に摩擦係数は減少するのである。例えば(三)で述べたように、測定点ナンバー三では路面温度二六、七度のときに〇・四しかないのであるから、これを路面温度三五度に温度修正をすれば、本件事故現場に近いナンバー三地点では、原判決の推奨値以下のすべり摩擦係数しかなかつたことは明白になるのである。
従つて、仮りに保土ケ谷陸橋上が一般国道であつたとしても、その路面の一部には原判決の推奨値以下の部分があるのであつて、これに勝るとも劣るものではないなどとは、到底、断定し得ないものである。
(五) これを要するに、原判決の如く、摩擦係数のみをもつて路面のすべり程度を判定する場合には、温度差は相当大きな影響を与えること明らかなるをもつて、原判決が単に「温度差はさしたる影響を及ぼさない」と判示したことは経験則に反する。又、相被上告人申請の証人市原薫は、右温度差について極めて曖昧な証言をなし、丙第六号証、甲第一七、一五、一六号証の各記載と矛盾しているにかかわらず、原審が漫然、右証人市原薫の証言を理由を附さず、全面的に採用したのは採証の法則に反するか、又は理由不備の違法がある原判決はこの点において破毀を免れない。
第六点
一 原判決は、本件保土ケ谷陸橋上は所謂一般道路であるところ、走行速度六〇キロメートル毎時に換算した摩擦係数の平均値が〇・四七あり、わが国における一般道路の推奨値〇・四に比較してみると勝るとも劣るものではなく、路面の摩擦係数が異常に低く、そのため特にスリツプし易い状態であつたものとはいえないと認定している。
これに対し、上告人は第四点二(三)(四)において、摩擦係数の大小のみによつて路面がスリツプし易い状態か否かを判断することの違法を主張し、仮りに摩擦係数によるとしても、原判決が引用した摩擦係数は違法のものであることを主張した。
(一) 即ち、原判決引用の摩擦係数は、その測定時が本件事故時より二ケ月半も以前であつて、本件事故当時のものではなく、その間に多数の車両が本件事故現場を通過しているのであるから、本件事故当時に摩擦係数が〇・四七あつたと断定することは出来ない(第四点一)。
(二) 又原判決は、本件事故現場付近の摩擦係数の平均値を使用しているが、本件事故原因についての重要な争点は、被告車がスリツプを開始した原因であり、スリツプ開始地点についての摩擦係数の大小を論ずべきであるところ、その地点の測定は行なわれておらず、仮りに外の地点に摩擦係数があつたとしても、本件事故とは関連がないこと(第四点二(一)(二))。
(三) 摩擦係数は、通常タイヤが踏みつける部分とそうでない部分では大きな差があるから、被告車のスリツプ原因としての摩擦係数は、通常タイヤが踏みつける部分によるべきであるのに、原判決の使用した摩擦係数はそうでない部分のものであること(第四点三(一))。
(四) 摩擦係数は温度差により大小の影響があるのに、温度差による修正をしていない(第五点)。
二 以下更に、わが国における推奨値を基準にして路面がスリツプし易い状態になかつたと判断することも、経験則に違背していることを主張する。
(一) 先述のとおり、わが国において路面のすべりという問題が専門的に研究され始めたのは僅か一〇年位前で、いまだ研究過程にあり、現在は学術的にも充分究明し尽くされた状況下にはないのである。
(二) そして、原判決のいうところの推奨値は、道路を造る立場から立案されたものであつて、道路を造る際に最小限確保されねばならない数値でしかなく、証人市原薫もこの数値が裁判で使用されることは予想もしていないのである。
(三) 従つて、右推奨値はいまだ裁判において路面のすべりの有無を判断するための重要な要素として使用し得るものではない。仮りに、敢えて使用するとすれば、推奨値が路面として最低限確保されねばならない摩擦係数であるところから、右推奨値を有しない路面は、所謂、欠陥路面であるとの判定をする際に使用し得るにすぎないのである。しかるに原判決は、相被上告人の責任なしとする判断の重要な要素に右推奨値を使用しており、これは右経験則に違背するものである。
三 又、原判決は保土ケ谷陸橋上は一般道路であるとして、摩擦係数は〇・四以上あればよく、ちなみに丙第一八号証の一ないし三によつて認められる摩擦係数は、東名、中央、東北、北陸、九州各高速道路における路面温度摂氏三五度、走行速度八〇キロメートル毎時の場合の平均値が〇・四三、一般道路における走行速度六〇キロメートル毎時の場合が〇・四〇五ないし〇・四一三であるとしている。
(一) しかし、第一に右引用には誤りがある。
即ち、丙第一八号証の三によれば、走行速度八〇キロメートル毎時の場合で、東名、中央高速道路では〇・四三、東北、北陸、九州の各高速道路では〇・五〇ないし〇・五八となつておりとあり、又、東名高速道路等も現在かなりオーバーレイが施工され、その改良部分におけるすべり抵抗値は建設時の値を上廻つているとされている。即ち、原判決が総ての高速道路の平均値が〇・四三としたのは誤りである。
(二) 第二に、原判決は、横浜新道は一般道路であつて摩擦係数は〇・四以上で足りるとしている。しかし、路面にいかなる摩擦係数を要するかについては、単に道路の区分によつてのみ定められるべきものではなく、道路の種類、用途等によつて定めるべきである。現に、丙第一八号証の三によれば、すべり摩擦抵抗の現状として、高速道路と一般国道を区分して、各すべり摩擦係数の現状を掲記している。このことは先に述べたとおり、車両の速度が早くなれば、路面のすべり摩擦係数は減少するからであり、従つて高速道路では一般国道以上のすべり摩擦係数の路面を造るべきだからである。
(三) ところで、通称横浜新道は道路区分では一般国道であるとしても、その用途は自動車専用道路であつて、歩行者等の進入は禁止されており、制限速度も一般国道の平均四〇キロメートル毎時の倍である、時速八〇キロメートルになつていたのである。即ち、先の高速道路と同程度の制限速度で使用されていた道路である。
従つて、仮りに推奨値と比較するなら、丙第一八号証の三によつても、推奨値は高速道路に要求されているものを使用すべきであり、現時点で保土ケ谷陸橋上の推奨値を求めるなら、少くとも〇・五〇以上とすべきである。しかるに、原判決は右社会通念に反し、単に一般国道であるとして〇・四以上のすべり摩擦係数で足るとしたことは経験則に違背している。
(四) ちなみに、原判決が引用した東名高速道路のすべり摩擦係数でも、これを時速六〇キロメートルに換算すると、甲第二〇号証の一表二によれば、時速六〇キロメートルと時速八〇キロメートルとの摩擦係数の差は〇・〇七であるから、〇・四三に〇・〇七を加えると時速六〇キロメートルの場合は〇・五であり、これに温度差による修正をすればそれ以上であることは明らかであるから、原判決の比較は正しくない。
又、原判決も理由五(一)(4)で認定している如く、本件事故現場は昭和四二年八月一三日には最少〇・五三三、最大〇・六四であつて、平均値は〇・六〇四に改良されているのである。この事実によつても、原判決の理由には不備があるといえる。
加えて、原判決の如く、理論的には東名高速道路には充分なすべり摩擦係数があり、安全だとしても、現実には舗装の欠陥で歩くのもやつとである程、異常にスリツプする場所もあり(乙第一九号証)、原判決の如く、抽象的な数値によつて路面の欠陥の有無を判断することは出来ないのである。
第七点 原判決は、本件事故当時、保土ケ谷陸橋上に相被上告人が中央分離帯を設置せずに、これを供用したことが右陸橋の設置又は保存につき、通常備えるべき安全性に欠けていたことになるとの点については、これを肯認するに足りる証拠は存しないとする。
しかし、右認定には次のような違法がある。
一(一) 原判決は理由五(二)(2)において、本件保土ケ谷陸橋上における昭和四一年五月二二日から同年一一月一三日までの自動車による事故件数は一四件、そのうち雨天のものが一〇件、右一〇件のうち中央線を越えたものが七件あつたことを認定し、更に昭和四二年一月二二日から同年一〇月一七日までの間に、右陸橋上における雨天の事故が二五件あり、そのうち中央線を越えたものが一三件あつたことを認定している。これを換言すれば、もし中央分離帯があれば、右事故のうち七〇%ないし五〇%に及ぶ事故は回避できたことを意味するのである。
(二) 又、原判決は本件事故当時、交通事故防止について最大の責任と権威を有する神奈川県警察本部が、中央分離帯の設置を要望した事実も認めている。
(三) 更に、原判決は「当時保土ケ谷陸橋上に中央分離帯が設置されていたとするなら、少くとも本件のように中央線を越え、対向車線に進入して事故を起すことはなかつたものということが出来よう」と判示し、理由五(一)(3)で、本件事故後約一年を経た昭和四二年一二月に中央分離板が設置された事実を認めている。
(四) 以上の事実は、本件事故当時、相被上告人に保土ケ谷陸橋上に中央分離帯を設置すべき義務のあつたことを充分に立証している。しかるに、単にこれを肯認するに足りる証拠は存しないと判示したことは、理由に齟齬ないし不備がある。
二 神奈川県警察本部は、前記第三点二の(七)で指摘した如く、保土ケ谷陸橋上における事故原因を分析したうえで、本件事故以前より屡々電話で相被上告人に対し、保土ケ谷陸橋上にすべり止め舗装と中央分離帯を早急に設置すべく要望し、本件事故直後にも文書をもつて再度、右要望をしている事実がある。
しかして、社会通念上、県警察本部が交通事故防止策について、神奈川県下の道路につき、具体的に常時研究を重ねており、同本部が設置の必要性を判断した防止策は、緊急に実施しなければならないものであることは言うまでもない。
いわんや、異例の文書をもつて、早急の設置を要望し、かつ、回答を求めるにおいては、社会通念上、設置の必要性があつたことは疑う余地がない。
このことは、又、原判決が先に認定した如く、早急に中央分離帯を設置しなかつたため、昭和四二年一月二二日以降も中央線を越えた事故によつて多数の人命が失なわれた事実が更に裏付けている。
換言すれば、神奈川県警察本部が現実に発生している交通事故の原因分析に基づき、本件事故以前から保土ケ谷陸橋上の管理責任者である相被上告人に対してなした、再三に亘るすべり止めの舗装と中央分離帯を早急に設置すべしとする要望が、本件陸橋上の当時の交通情勢に即した適切、かつ、緊要な要望であつたと断言せざるを得ない。
しかして、原判決は中央分離帯設置による事故防止の可能性を含め、右事実を認定しているのであるから、社会通念上は、道路の安全確保のため、中央分離帯の設置の必要性は明らかである。しかるに、原判決は単に不明であるとしただけで、その理由を明示していない。これは経験則に反し、かつ、理由に不備がある。
第八点 原判決は経験則、採証法則に違背して証拠を採用し、事実を誤認した違法がある。
一 原判決は、訴外松原政好に「当時路面が濡れていたのに拘らず、前輪が完全摩耗に近い状態にある被告車を運転しながらも、あらかじめ速度を調節せずに時速六〇キロメートル以上の高速で進行し、前車との追突を避けるためにした強い制動措置、その後におけるハンドル操作、制動措置の不適切」等の過失があると認定した。
二 しかし、訴外松原が「前輪が完全摩耗に近い状態にある被告車を運転し」た事実の絶対に存しないことは、第一点一(一)で論述したとおりであり、証拠の採否を誤つて原判決が事実を誤認し、訴外松原の過失を認定したことは明白である。そして、この事実誤認がその余の事実認定並びに判決の結果に重大な影響を及ぼしたことは言うまでもない。
三 原判決は、訴外松原が時速六〇キロメートル以上の高速で進行した旨を判示した。しかし、一件記録中には右事実を証明するに足る証拠はなく、原判決は証拠に基づかないで右事実を認定した違法がある。
ちなみに、原判決が若し、訴外松原の供述により車両相互間の速度を基にして被告車の速度を認定したのであれば、その認定は次の理由により誤りである。第一に、訴訟松原の車間距離等に関する供述は、車両が互いに走行中の状態のことであつて、絶えず変化していたのであり、しかもその状態を目測でおよその距離を述べたにすぎず、この供述を根拠に被告車の速度を算出することは不当であり、仮りに算出したとしても極めて不正確なものであること。第二に、被告車の速度を時速六〇キロメートル以上と認定した前提として、前車のパブリカの速度が時速四〇キロメートルということを推測し斯ることはあり得ないと想定したものと思われるが、現実に被告車に先行していたマツダ小型トラツクが、右パブリカを追越しているのであるから、同車が低速で進行中であつたことは推断できる。従つて右前提を絶対的なものとして断定することは出来ず、又、現に昭和四一年八月頃、本件事故現場付近を時速四〇キロメートル以下の速度で進行していた車両が存在しているのであるから(乙第九、一〇号証)、右推定は誤りであり、第三に、原判決は誤れる推定に推定を重ねた推定速度を判示したもので不当である。
又、前叙の如く時速六〇キロメートル以上の直接の証拠はないのであるから、原判決がこれを推認したとすれば、その経緯を判示すべく、その理由に不備がある。
四 時速六〇キロメートル以上という判示は極めて漠然としており、被告車の速度を特定したことにはならない。殊に、他方原判決は、路面のすべり摩擦係数の大小を重視して判示しているのであるから、原判示理論によれば被告車の速度は厳格に特定されねばならない筋合いである。しかるに、単に時速六〇キロメートル以上と判示した原判決には理由に不備がある。
五 原判決は、訴外松原が前年のパブリカと車間距離がまだ、約二〇メートルもあるときに前車との追突を避けようとしたとし、これを動機にして強く制動の措置を講じた旨を判示している。しかし、この事実認定には次のような違法がある。
原判決の認定した「追突を避けるべく強く制動の措置を講じた」事実を肯認するに足る証拠はない。
ただ、原判決の右事実認定に沿う証拠を強いて求めれば、甲第一号証(自動車事故証明書)であるが、同書証は事故が発生した事実の証明にすぎず、その態様についてまでの証明力はない。又仮りに証拠価値があつたとしても、原判決が引用する甲第八号証(訴外松原に対する業務上過失致死被告事件に対する第一審判決)においても、制動措置をとつた動機として「追突を避ける」ことの目的の判示なく、加えて乙第一八号証(右甲第八号証の控訴審における無罪判決)には、車間距離をとるために制動したことを認定している。従つて、これらの証拠に反して甲第一号証のみにより右事実を判示することは、採証法則に違背する。
なお、甲第七号証(実況見分調書)に「追突をさけるため」の用語はあるが、これに続いて「速度をゆるめるため制動を用いた」とあるから、制動を用いた動機は「速度をゆるめるため」であつて、「追突を避けるため」では断じてない。
他に、強く制動の措置を講じた動機が、「追突を避けるべく」であつたことを立証する証拠はない。
六 原判決は、被告車と先行する普通乗用自動車との距離がまだ約二〇メートルもあることを認定しながら、追突を避けるべく強く制動の措置を講じたとすることは、経験則に違背し、又は理由に齟齬がある。
保土ケ谷陸橋上は通称横浜新道の一部であつて、歩行者は勿論、軽車両の進入も禁止され、高速車の最高制限速度も時速八〇キロメートルないし時速六〇キロメートルとされ、しかも車両の駐停車も禁止されていた場所である(甲第七号証)。従つて特別な事情のない限り、前車が停止することを予想すべき場所ではないのである。
斯る場所において、被告車が先行車に接近したとしても、その際先行車が停車しようとした等の特別の事情がなく、その先行車が仮りに低速であつたにせよ進行中であり、しかも接近したとはいえ、その時に同車との距離がまだ約二〇メートルもあつた状態をもつて「追突の危険が生じた状態」とみることは、車両運転の経験則に違背している。
仮りに、原判決認定の如く、進行中の前車との車間距離が約二〇メートルある状態を追突の危険が生じたとするなら、その特別の事情の判示を要する筋合いなるにかかわらず、原判決には理由に不備あるか、理由に齟齬がある。
七 叙上の如く、原判示訴外松原が強い制動措置を講じた動機とする「追突を避けるため」という事実はその証拠がなく、又、被告車は追突の危険状態にすらなかつたものである。従つて、被告車も先行する普通乗用自動車もともに進行中であるから、徐ろに減速処置を採れば足り、強い制動措置を講ずる必要は毫もなかつたことは経験則上明らかであり、その動機が不明になれば、当然に強い制動措置を講じたか否かを断定し得なくなる。
従つて、原判決が訴外松原に過失ありとして認定した事実は、総てその根拠がないこととなるから、原判決は破棄されねばならない。
八 ちなみに、訴外松原は、先行者と約二〇メートルの距離に接近してそれとの車間距離をとるために、減速する目的で軽く制動措置を講じたのである。
(一) 訴外松原は時速五五ないし六〇キロメートルで進行中に、事故現場手前四、五〇〇メートルのところから一二〇ないし一三〇メートル前方に「マツダ小型トラツク」が、更にその前を「パブリカのライトバン」が同一方向に外側車線を進行しているのを認めその動静を注視しながら進行していたところ、右「マツダ小型トラツク」が、低速で進行していた「パブリカ」を追越して行つたのである。訴外松原はそのまま進行し、自然に右低速の「パブリカ」との距離が短縮され、保土ケ谷陸橋上でその距離が約二〇メートルになつたので、「これ以上接近すると危険が生ずるといけない」(甲第一〇号証)、換言すれば危険の発生を未然に防止するため、右パブリカに追従進行するのに安全な車間距離を維持するため、同車の速度に合わせ減速する目的で軽く制動したところ「どうしたことか」「車の後輪が左の方にとられ」「私はびつくりした」状態が発生したのである。
(二) ところで、甲第一〇号証(訴外松原の警察官に対する供述調書中に、「急に制動を用いたため」との供述があり、「急制動」を講じたかの如くである。
しかし、通常「急制動」を使用する場合は、経験則上、停止する目的のときであるところ、訴外松原が先行車を突然発見したとか、先行車が停止しようとしたとか、先行車と追突の危険を感じたとか、突然に危険状態が現出し、急停止しなければならない状況が現出したとか、同人が停止するために急制動を講じなければならない状況はないのである。訴外松原は「これ以上の接近を避ける」ために制動したのであつて、危険を回避するのではなく、「危険状態が生ずることを回避する目的で「速度をゆるめるため制動」したのである。
即ち、訴外松原は前車の動静を注視しながら進行し、車間距離を保つため、自己の判断で全く自発的に用いた制動である。
(三) しかも、訴外人は昭和三七年一一月頃から普通車、大型貨物自動車等を業務として連日運転しており、又、本件被告車についても習熟していたのである。そして同人はこれまで、駐車違反と積載違反の処罰があるも、速度に関する違反はなく、勿論、交通事故は本件が初めてであるし、本件以後、今日までも無事故である。
従つて、このような状況下において、運転経験が長くしかも安全運転をしていたことが推認される訴外松原が、自発的に意識しながら減速の目的で制動をしたときに、急制動を使用することは経験則上あり得ないことである。
(四) 又、訴外松原の警察官に対する供述(甲第一〇号証)は、その前後にも矛盾がある。
同人は「制動を用いました」「するとどうしたことか急に制動を用いたため、車の後輪が左の方にとられ」「私はびつくりしてしまいました」と供述している。「するとどうしたことか」「私はびつくりしてしまいました」という供述は、真の体験者でなければ使わない表現であり、同人の事故当時の心境が適格に表現されている。同人にとつて全く予想外の事態が現出したことを表現しているのである。
これに対し、同人は事故現場が滑り易いところで雨の日に事故が多発していることを知つており、事故当日も路面が滑り易いことは認識していたのであるから、運転経験の長い同人が、この現場で急制動をすればスリツプすることは充分知悉していたのである。
従つて、もし同人が真に急制動をしたのであれば、吾人の経験則上、「するとどうしたことか」「びつくりしてしまいました」という供述が出る筈がない。
しかして、右経験則をもつてすれば、前記「急に制動を用いたため」とあるを、急制動と解することは不合理である。
(五) 更に、甲第七号証(実況見分調書)によれば、単に「速度をゆるめるため制動を用いたところ」とあり、その作成日が昭和四一年一一月二六日であり、作成者が司法巡査平野良男であることを前記甲第一〇号証も同人が同年一二月一二日に作成していること並びに同号証を除くと訴外松原は一貫して急制動を否認していること等を勘案すると、甲第一〇号証作成時においても、訴外松原は急制動を否認していたことは容易に推測できる。
そこで、スリツプをした結果から急制動をしたと推定した右平野良男が、これを否認する訴外松原に対し、「急に制動」という通常では使用しない用語を用いて、甲第一〇号証を作成した疑いが強い。従つて甲第一〇号証には、この点に関する限り証拠価値はない。
九 なお、訴外松原は「軽く制動」したのであるが、神奈川県警察本部が本件事故以前より、本件現場付近の路面が滑り易いことを指摘し、相被上告人もこれを認め、本件より僅か約三週後に本件現場付近の全面再舗装工事に着手したことによつても明らかなとおり、事故当時、路面が異常に滑走し易い状態になつていたことと、鑑定証人高橋親徳の証言にある如く、道路の中央が高く、センターラインの左側を走つている車は左にかしいで走行しているため、制動すると制動が右ききの状態になり、ハンドルを右にとられるという実験結果(乙第一四号証)に照らし、被告車は右側車線に移行したものである。
第九点 被上告人らは第一審において、「神奈川県警察本部は被告公団に対して、昭和四一年九月六日と同年一〇月二九日の二回にわたり路面のすべり止めをなし中央分離帯の設置を要望したが、被告公団はこの要望を看過した」(第一審判決書五枚目裏一〇行目以下)旨を主張し、
上告人は第一審において、本件道路の路面構造上の重大なる欠陥として「被告公団は路面が異状に滑り易い状態にあつたままこれを放置し、中央分離帯も設置していないのであるからこれに過失があること明白である」(第一審判決書一二枚目裏八行目以下)と主張し、右要望の事実を明らかに争つていないで、寧ろこれを認め(成立に争いない乙第一号証)、相被上告人は第一審において「神奈川県警察本部から路面の滑り止めと中央分離帯を設置してほしいとの電話があつたこと」を認めた(第一審判決書一四枚目表六行目以下)。昭和四一年九月六日と同年一〇月二九日の右要望は当事者間に争いない事実で、右事実は原審において引用されていることは明らかである(原判決書六枚目表四行目)。
而して、本件事故は当事者間に争いない昭和四一年一一月二五日午後七時二〇分頃であるから、神奈川県警察本部の前記要望は右事故の二か月二〇日以前ないし二六日前である。本件保土ケ谷陸橋を通過する車両は原判示昭和四一年中において約一、三〇七万台に達し、右事故後の原判示昭和四一年一二月六日付神奈川県警察本部長の書面による右要望事実を認定し、始めて同月以降の舗装工事をしたことのみを判示し、前記争いない事実を原判決が漫然看過したのは、理由不備の違法がある。この点において原判決は破毀を免れない。
以上